なぜ「日本人脳」なのか想像してみた

こんな記事を読みました。

タイトルだけ見ると、幸せそうな人を見るとモヤっとするのが日本人特有の傾向みたいな印象です。

 

mi-mollet.com

 

「これって日本人だけなのかな?」と疑問に思いながら読み始めたのですが、本文には「日本人脳」という言葉がどこにもありませんでした。

それどころか、幸せそうな人を見るとモヤっとする傾向が、諸外国よりも日本人に強いという根拠がどこにも見当たらなくて、正直なところ困惑しました。

 

日本のこととして触れられているのは

 

●「年収1500万円で幸福は頭打ちになる!?」という項目で用いられている「平成30年分の国税庁による給与階級別給与所得者数・構成比」。

●「誰かが得すると自分の脳は損したと思う」という項目で述べられた、GoToトラベルやGoToイートのような施策をすると、人々が誰かが得すると自分が損したと思ってしまう理由。

 

なのですが、

 

仮に諸外国で同じような施策をした場合はどうなんだろう?

また「自分の年収が増えていくと、ある程度のところまでは幸福度が上がっていくが、そこから先は頭打ちになってしまうという傾向が知られている」というところは興味深かったですが、それも日本人特有のことなのか?と疑問が残ります。

 

では、なぜタイトルに「日本人脳」という言葉が使われたのか。

あくまで私の妄想に過ぎませんが、Webサイトでも紹介されているこちらの著書の内容からイメージして「日本人脳」というタイトルがつけられたのかな?と思いました。

 

www.amazon.co.jp

 

私は本書を読みましたが、例えば第一章の「世界でもいじわる行動が突出している日本人」という項目では、その根拠となる実験とその結果が掲載されています。

 

また第三章の「日本人の生贄探しーどんな人が標的になるのか」というテーマの対談では、日本人が諸外国に比べて普段言えないことをSNSで匿名で言うのを好む傾向や、世間体を気にしたり村八分になることを恐れ、自分よりみんな(群れ)を優先してしまうような日本独特の同調圧力の強さに触れています。

 

なので本書を読むと、あの人だけいい思いをするなんてズルいとか許せないといった傾向は日本人の方が強くて、そうなってしまう土壌もあるのかと思います。

 

また記事の冒頭には

相手も自分も幸せになるヒントを、中野さんの新刊『生贄探し 暴走する脳』ヤマザキマリさんとの共著)からご紹介します。 

とありますが、正直なところ「相手も自分も幸せになるヒント」は本書の第四章「生の美意識の力ー正義中毒から離れて自由になる」というテーマの対談、特に「自分は自分が大事、相手も自分が大事」という項目を読んだ方がヒントになるのではないかと思いました。

 

本書を読んだうえで記事を読めば「日本人脳」という表現を使うのもわからなくもないのですが、本書がベースにないと「なにも日本に限った話じゃないでしょ」「何を根拠に日本人脳なんて言うの?」って反感を買うのも当然だと思います。

 

日本人をつけずに「脳」だけにすれば興味深い記事だったのに。

なんて上から目線な言い方になってしまいますが、それがとても残念でした。